この記事を書いているのは8月1日です。
8月1日は「水の日」ですね。
水資源の大切さや重要性を、国民に興味を持ってもらうために昭和52年に制定されました。
ちなみに1日~7日までは「水の週間」にもなっているので関連行事なども多くあるようです。
そんな資源として大切な「水」ですが、ここでは水に学ぶあり方を取り上げたいと思います。
この記事が伝えていること、
- 「上善如水」を世に出した老子について
- 道(タオ)を表す「水」の柔軟性と強さ
- 環境の変化を受け入れながら「信念」を貫く
それでは記事へどうぞ。
老子が説いた「水」の性質
上善は水のごとし。水は善よく万物を利して争わず、衆人の悪む所に処る、故に道に幾し。
老子から学ぶ水のあり方といえば、この一文をを思い出す方も多いのではないでしょうか。
「上善如水」ともいわれるこちらは、お酒の銘柄にも使われておりお父さん世代はよくご存じかと思います。
このお酒の説明にも老子の言葉が使われていますね。
人間の理想的な生き方は水のように様々な形に変化する柔軟性を持ち、他者と争わず、自然に流れるように生きること。
コチラのお酒はそこから「水のようなピュアなお酒を目指している」そうです。
社会人になり、人のあり方を模索する大人達にとってはこのコピーは少なからず響くものがあるのではないでしょうか。しっかりターゲット層を理解していますよね。
ちなみにこのお酒のコピーは原文とは若干違う部分があります。
それは「衆人の悪む所に処る」の部分です。
商品のキャッチコピーですから綺麗にまとめ「衆人の恵む所に処る」と変更されています。
今回お伝えしたい水のあり方は、この「衆人の悪む所=低いところ」が最も大切だと考えているため敢えて取り上げています。
老子が生きた時代
この一文が誕生した老子が生きた時代は紀元前6世紀から紀元前4世紀といわれています。
所説あるのではっきりとした時期はわかりませんが、どちらにせよこの時期は春秋戦国時代といわれる争いの絶えない時代であったことは間違いありません。人気漫画「キングダム」もこの時代(後半)ですね。
そういった時代背景のなか、老子は思想家として多くの書物(竹簡)を残しました。
現在では「道教の始祖」といわれていますが、その教えは様々な立場の人達に学ばれることとなり、場所や時代を超えて磨き紡がれています。
この春秋時代は多くの考え方や発見があった時代でもあります。
そういった発見や進化がよくわかるのが武器の類でしょう。
春秋戦国時代の期間中に青銅器の剣や種類が進化し、後半には鉄製武器も誕生しています。
そして考え方=思想=思想家も多く輩出されました。
老子をはじめ、孔子、荘子、墨子、孟子、荀子といったこれらの偉人たちは「諸子百家(しょしひゃっか)」と呼ばれ、それぞれの考え方はいまでも新たな解釈を踏まえながら書籍化され、大きな影響力を持っているのです。
生きるか死ぬかが身近にあった戦国時代の知恵が、現代社会で生き残るために活かされているということです。
時代によって取り巻く環境は違えど人の「道」は同じなのかもしれませんね。
老子が水にみた道(タオ)とは
最上の善なるあり方は水のようなものだ。水は、あらゆる物に恵みを与えながら、争うことがなく、誰もがみな厭(いや)だと思う低いところに落ち着く。だから道に近いのだ。
これは先の「上善は水のごとし…」の解説文です。
最後の言葉に「だから道に近いのだ(故に道に幾し)」という文がありますが、この道(タオ)こそ老子の考える思想の根源ともいえるものです。といっても、老子の言葉(原文)は少ないため後の研究者の解釈が加わっていますから絶対ではありません。
こういった言い回しをするのも老子の「とらわれをなくす」から伝えています。
老子の道(タオ)とは自然の原理原則を表しています。その範囲は宇宙、もしくはそれ以上でしょう。
しかし、ここで道(タオ)とは説いていますが、これは仮名称のようなものでそうじゃないかもしれないともいいます。
要するに「そのことにとらわれない」ということです。
では、宇宙や自然で起こっている原理原則とはなんでしょうか。
代表的な原理原則としては、太陽は東からのぼり、西へ沈むということでしょう。
そして人はその自然の原理原則に従って種をまき、育み、収穫するのです。
こういった自然の流れは不変の原理原則であり、老子はこれを道(タオ)といいました。
さらに老子は、人もまた宇宙の一部であり自然の一部であると伝え、自然・宇宙の原理原則から生きることを説いています。
こういった宇宙の原理原則=道に近いと老子に表現させた「水」の特徴とはどういったものでしょうか。
水の特徴(老子の視点)
水は万物に恵みを与え、作物を育み人に利益をもたらします。水なくして世界は成り立たないでしょう。
これは8月1日「水の日」が表すように、現在でも資源として最重要であることは間違いありません。
これだけ素晴らしい水ですが、老子の視点はそこで終わらず「これだけ万物に恩恵を与える水だが、最後には必ず低い場所にいく」ということを見出しました。また、その流れの過程でしなやかに変化する様から柔軟さを感じたのです。
こういった柔軟で一見謙虚ともとれる水の性質ですが、老子は違った視点かも表現しています。
天下の至柔は、天下の至堅を馳騁し、無有は無間に入る。
これは世の中でもっとも柔らかいと思われているもの(水)が、世の中でもっとも堅いものを突き動かし、
形の無いもの(水)が、すき間のないところしみいっていくということを表します。
柔らかくしなやかに変化する水ですが、その変化によっては大きな岩も動かすことがあります。
現在では高圧で噴射することで300㎜の金属をも切断することもできるウォータージェットなる機械もありますよね。
このように老子は柔軟性や謙虚さ、そして強さを併せ持つことを特徴と捉え「上善如水」と表現したと考えます。
自ら変化しながら信念を貫く
ここまで老子の視点をお借りながら水のあり方を扱いましたが、最後にお伝えするのは水から学ぶ確固たる信念と変化受け入れることの両立です。
ここまで水の性質から、低地を目指して流れてくことをあげました。
このことを私は水の信念と捉えました。
流れる過程で地形=環境が変われば自らの流れを変え低地を目指し、場合によっては「水」というとらわれからも脱し氷や水蒸気となり、時間の経過はあってもまた低地を目指す。
これはとても大切なことです。
回り道をしようとも、ときには形を変えようとも、時間の経過があったとしても、最後には自身の信念を突き進むこと。
その過程で、かかわる人たちや環境に感謝や恩恵を渡すことができる生き方をしたいもです。
これこそが水から学ぶあり方ではないでしょうか。
老子が水の信念と考えたかはわかりませんが、宇宙の原理原則を生きるというのはもしかするとこういったことかもしれませんね(自身に与えられた使命を信念をもって進むということ)。